今回はアメリカ、ドイツ、オランダ、
スウェーデン、フィンランドのメタルバンドで活動する
女性シンガーを取り上げてみました。
Amy Lee(エイミー・リー、本名:Amy Lynn Hartzler、
1981年12月13日-)はアメリカのシンガーソングライター、
ピアニスト。
ゴシック・メタルバンドのエヴァネッセンスのヴォーカル
として知られている。
カリフォルニア州リバーサイド生まれ。彼女は家族とともに
フロリダ州ウェスト・パームビーチ、イリノイ州ロックフォードなど
多くの転居をし、アーカンソー州リトルロックに落ち着く。
クラシック・ピアノを9年間学んだ彼女は簡単な音楽理論と構成
を学ぶためミドルテネシー州立大学に通うが、エヴァネッセンス
に専念するため中途退学。2000年、リトルロックの私立学校
プラスキーアカデミーを卒業する。
彼女は「Going Under」のPVで使われた衣装やグラミー賞
授賞式で着たドレス、他にもライヴで着る衣装を自分で
デザインしている。
Evanescence
Evanescence(エヴァネッセンス)は、アメリカ、アーカンソー州
リトルロック出身のゴシック・メタルバンド。
1995年、中学時代にユース・キャンプでミート・ローフの
『I’d Do Anthing For Love』をピアノで弾き語りをしていた
エイミー・リーに感銘を受けたベン・ムーディーがバンドを
一緒にやらないかと誘ったのがきっかけとなり、「消えて
いく」という意味の”Evanescence”の名の下バンドを結成。
活動を開始する。
2003年、インディーズレーベルのワインド-アップ・レコーズより
デビュー・アルバム『Fallen』をリリース。イギリスで16週に
渡って全英アルバムチャートのトップ10にランクインし、最高
1位を獲得。アメリカではビルボードチャート最高3位、さらに
TOP10に10週、TOP100に100週以上ランクイン。全世界で
1500万枚のセールスを記録した。そして2004年のグラミー賞
では、最優秀新人賞、最優秀ハード・ロック・パフォーマンス
賞の2部門を獲得した。
アルバムから『Bring Me to Life』、『Going Under』、『My Immortal』
(ビルボード・ホット100で7位、カナダのシングルチャートで1位)、
『Everybody’s Fool』などのシングルがリリースされ、『My Immortal』
はRIAAよりゴールド、『Bring Me to Life』はイギリスとアメリカで
プラチナ認定された。
その後、設立者の一人であるムーディーが脱退するなど、
メンバー・チェンジを繰り返しながら活動中。
Evanescence – My Immortal
Maria Brink
Maria Brink(マリア・ブリンク、1977年12月18日-)はアメリカ、
ニューヨーク州アルバニー出身のシンガー・ソングライター。
ヴォーカリスト。
メタルコアバンド、In this moment(イン・ディス・モーメント)の
リード・ヴォーカリストとして知られている。
2005年8月、ギタリスト、Chris Howorth(クリス・ハワース)は、
共通の友人を通してシンガーのマリア・ブリンクと知り合い、
お互いに多くの共通点があったことで意気投合。ドラマーの
Jeff Fabb(ジェフ・ファブ)らとDying Starというバンドを結成。
一緒に曲を書き始めた。
2005年半ば、バンドの方向性に不満を持った彼らはクリス・
ハワース(G)、マリア・ブリンク(Vo)、ジェフ・ファブ(Ds)、
Blake Bunzel(ブレイク・バンゼル、G)、Josh Newell(ジョシュ・
ニューウェル、B)の新たなラインアップでIn this momentを結成。
メタルコアとしては珍しく女性ヴォーカルを前面へ押しており、
ブリンクによるwhisper voice(ウィスパー・ボイス)からスクリーム、
クリーンヴォーカルに至るまで多彩なヴォーカルスタイルが特徴。
(”Forever” Acoustic Version,9:10~)
2005年後半、ジョシュ・ニューウェルが脱退、後任ベーシストと
してJesse Landry(ジェシー・ランドリー)が加入。バンドはデモを
レコーディングし、2005年の冬、MySpace上に公開。バンドは
インターネットマーケティングを通じて多くのファンを獲得した。
これをきっかけにセンチュリー・メディア・レコードと契約する。
2007年デビューアルバム『Beautiful Tragedy』をリリース。アルバム
からはシングル『Prayers』、アルバムタイトル曲『Beautiful Tragedy』
がリリースされた。
2008年には2ndアルバム『The Dream』をリリース。シングル
『Forever』、『Call Me』(Blondie Cover)がリリースされた。アルバム
はBillboard200で73位、Top Hard Rock Albumsで12位となった。
2010年3rdアルバム『A Star-Crossed Wasteland』をリリース。
アルバムは最初の週で約10,500枚を売り上げ、批評家筋から
圧倒的な高評価を受けた。また、Billboard200で40位、Top Modern
Rock/Alternative Albumsで8位、Top Hard Rock Albums4位、
Top Independent Albumsで1位となった。
このアルバムは創設メンバーであるジェフ・ファブ(Ds)、
ブレイク・バンゼル、G)の最後のアルバムとなった。
大幅なメンバーチェンジを経た4thアルバム『Blood』(2012年
リリース)、5thアルバム『Black Widow』(2014年リリース)と、
バンドはインダストリアル・メタル路線に方向転換している。
In this moment – Forever
Elize Ryd
Elize Ryd(エリーゼ・リード、1984年10月15日-)は、スウェーデン
出身のシンガー、作曲家、ダンサー。
メロディックデス/パワー・メタルバンド、Amaranthe(アマランス)の
ヴォーカルとして知られている。
エリーゼ・リードがその音楽のキャリアをスタートしたのは、彼女
がパワー・メタルバンド、ファルコナーの2003年の3rdアルバム
『The Sceptre of Deception』と、2005年の4thアルバム『Grime vs.
Grandeur』にバッキング・ヴォーカルでレコーディングに参加した
のが始まりであった。
数年後、ヨーテボリのクラブでジェイク・Eと出会う。彼は自身の
バンド、Dreamland(ドリームランド)のアルバム『Future’s Calling』
にヴォーカルとしてリードに参加を依頼。楽曲『Fade Away』に
ヴォーカルとして参加する。
その後、ジェイク・EはDragonland(ドラゴンランド)のオロフ・モロク
にリードを紹介し、コラボレーションを提案。2006年、ジェイク・Eと
ともにドラゴンランドの4thアルバム『Astronomy』にヴォーカルとして
参加する。
この頃リードは、シンフォニック・メタルバンド、ナイトウィッシュの
ターヤ・トゥルネンの後任のリード・ヴォーカルのオーディションに
参加している(オーディション用に録られた音源 – 『Elize Ryd –
Nemo』 – )。
バンドはリードに興味を持ったが、最終的に選ばれなかった。
理由は「経験不足で業界に不慣れであったため」と、彼女は
のちのインタビューで述べている。
しかし、リードがヨーテボリの芸術学校で3年間の教育を修了後、
オロフとジェイクはリードシンガー、コンポーザーとして彼らの
新しいバンドAvalanche(アヴァランチ)に彼女を誘い、バンドに
加入する。
2009年5月、権利上の理由によりバンド名をアマランスに改名する。
アマランスの他、パワーメタルバンド、キャメロットのバッキング・
ヴォーカルや、ティモ・トルキのプロジェクト、Avalon(アヴァロン)に
ヴォーカルとして参加している。
Amaranthe
アマランス(Amaranthe)は、2008年にスウェーデンのヨーテボリで
結成されたメタルバンド。
結成当初のバンド名は「Avalanche」だったが、同名バンドがいたため
著作権の問題上、2009年にAmarantheに改名した。
スクリーム・ヴォーカル、クリーン・ヴォーカルの男女3人の
ヴォーカル・スタイルが特徴。本国スウェーデンのみならず、
フィンランドや日本において高い人気を誇る。
2011年に7月に初来日公演を行い、10月にはLOUD PARK11に
出演している。このことについて、エリーゼ・リードはある
音楽情報サイトのインタビューで「行く前からいろんな話を耳に
していたの。日本では1番大きなメタル・フェスだって知っていたし、
偉大なアーティストが沢山出演している。オファーがあった時は
“まだデビュー・アルバムがリリースされたばかりなのに、いいの?”
って驚いてしまったと同時に飛び上がって喜んだわ。最初のライヴ
は200人くらいが集まってくれたけれど、LOUD PARKでは30,000人
ぐらいかしら?何しろとても多くの人が見てくれて最高だった。
信じられなかったわ(中略)。そして、LOUD PARKをミュージック・
ビデオでも使わせてもらったの。『1.000.000 Lightyears』で」と述べた。
そしてバンドについて「Amarantheの目標はもっともっとツアーを
して、長い間バンドとして活動したい。すぐに消えるようなバンドに
なりたくないわ。
他のバンドや人たちにインスピレーションを与えて、シーンを繋げて
いきたいと思う。フロント・ウーマンがいてもいいんだって思って
ほしいし、トリプルで歌っているのもカッコいいと思ってほしい。
個人的な目標は同じだけれど、いつかサイド・プロジェクトで女性
だけのバンドもやってみたいと思っている。バンド活動は大変だけど、
ずっとやっていたいわ」と述べている。
2014年にリリースされた『Massive Addictive』はビルボード・アルバム
チャートで105位に達し、本国スウェーデンのアルバムチャートで
18位、フィンランドのアルバムチャートで6位、日本のオリコンチャート
では14位に達した。
Amaranthe – Amaranthine
Alissa White-Gluz(アリッサ・ホワイト=グラズ、1985年7月31日-)
は、カナダ・ケベック州・モントリオール出身のヘヴィメタル・
ミュージシャン。
元The Agonist(ジ・アゴニスト)のヴォーカリスト。
現在は、スウェーデンのメロディックデスメタルバンド、アーチ・
エネミーのヴォーカリストとして活動している。
The Agonist(ジ・アゴニスト)は、カナダのヘヴィメタルバンド。
2004年、アリッサ・ホワイト=グラズ、ダニー・マリノ (G)、
クリストファー・ケルズ (B)でメタルコアバンドThe Agonist
(ジ・アゴニスト)を結成。
アリッサ・ホワイト=グラズは3枚のアルバムに参加。この活動を
通して、アーチ・エネミーのアンジェラ・ゴソウらと親交を持つ
ようになる。その後、アーチ・エネミーを脱退することが決まった
アンジェラから後任に推され、アーチ・エネミーとのスタジオ・
セッションを経て、正式加入が決定した。
これと日を同じくして、ジ・アゴニストからの脱退も発表された。
The Agonist-Swan Lake
Lisa Middelhauve
Lisa Middelhauve(リサ・ミデロブ、本名:Lisa Schaphaus、
1980年11月28日-)はドイツのミュージシャン、ピアニスト、
ヴォーカリスト。
ドイツのシンフォニックメタルバンドXandria(キサンドリア)の
元リード・シンガー。その他、オランダのシンフォニック・メタル
バンド、ディレインやオーストリアのシンフォニック・メタルバンド、
セレニティのツアーに参加した。
Xandria
Xandria(キサンドリア)はドイツのシンフォニック・メタルバンド。
1994年にMarco Heubaumと友人たちによりプロジェクト・バンドと
してスタートしたが、1枚のデモをレコーディング後すぐに解散する。
1997年にドラマー、Gerit Lamm、1999年にベースに地元の
ミュージシャン、Roland Kruegerーが加入。新たなラインアップで
再開された。
2000年ヴォーカルとしてLisa Middelhauve(リサ・ミデロブ)が
加入。バンドはデモを制作、インターネットによりリリースされた。
そしてデビュー・アルバムの制作を開始する。
2001年、リード・ギタリストとしてPhilip Restemeierが加入。
2002年、バンドはドラッカー・エンターテインメントと契約する。
2003年、デビュー・アルバム『Kill the Sun』をリリースした。
バンドはこれまでに幾度もメンバー・チェンジを繰り返し、6枚の
スタジオ・アルバムをリリース、現在に至る
ディスコグラフィー
・Kill the Sun(2003)ドイツのチャート(Media Control Charts)98位
・Ravenheart(2004)ドイツのチャート36位
・India(2005) ドイツのチャート30位
・Salomé – The Seventh Veil(2007)ドイツのチャート49位
・Neverworld’s End(2012)ドイツのチャート43位、
スイスのチャート51位
・Sacrificium(2014)ドイツのチャート25位、スイスのチャート48位
Xandria – Eversleeping
Simone Simons(シモーネ・シモンズ、1985年1月17日-)は、
オランダのメゾ・ソプラノ歌手。シンフォニック・メタルバンド、
エピカのリード・シンガー。
音楽に興味を持ち始めたのは10歳の頃。フルートや歌を
それぞれ1年習った後しばらくは音楽から遠ざかっていたが、
15歳の時にナイトウィッシュのアルバム『Oceanborn』に
衝撃を受けてから声楽を学ぶようになる。
Epica
Epica(エピカ)は、オランダのヘヴィメタル/シンフォニック・
メタルバンド。
2002年4月にアフター・フォーエヴァーを脱退したマーク・ヤンセン
はエピカの前身となるSahara Dustなるプロジェクトを結成する。
当初トレイル・オブ・ティアーズのヘレナ・ミカエルセンがシンガー
として在籍していたが瓦解してしまう。これを母体としてメンバー
を固め、ヘレナに代わって無名の新人シモーネ・シモンズが
2002年10月に加入、2003年にバンド名をエピカと改めてアルバム
『The Phantom Agony』にてデビューを果たした。
Epica – Solitary Ground
Sharon den Adel
Sharon Janny den Adel(シャロン・デン・アデル、1974年
7月12日-)は、オランダ、南ホラント州ワッディンクフェーン出身
のシンガー、作曲家であり、シンフォニックメタルバンド、
ウィズイン・テンプテーションのヴォーカルとして知られている。
13歳の頃から、Kashiroというブルースロックバンドなどの様々な
バンドに所属し、1996年にウィズイン・テンプテーションに加入した。
Within Temptation(ウィズイン・テンプテーション)は、オランダの
シンフォニックメタル、ゴシックメタルバンド。
1996年に結成され、ヨーロッパを中心にシンフォニック・ゴシック
メタルの中心的存在となっている。
1996年当時、The Circle(後にVoyageに改名)のギター&ヴォーカル
のRobert Westerholt(ロバート・ウェスターホルト)とVoyageに
ゲスト参加経験のあるシャロン・デン・アデル (Sharon den Adel) が
中心になって結成された。
3rdアルバム『The Silent Force』からのシングル『Angels』は
ドイツ25位、フィンランド9位、オランダではトップ40で11位、
メガトップ30で15位、シングル・トップ100で8位とシングル・チャートに
ランクインし、アルバムはNVPIで2006年ダブル・プラチナに認定された。
現在のメンバー
・Sharon den Adel(シャロン・デン・アデル,Vo,1996–)
・Robert Westerholt(ロバート・ウェスターホルト,G,1996–)
(2011-スタジオ収録のみ)
・Jeroen van Veen(イェローン・フォン・フェーン,B,1996–)
・Ruud Jolie(ルード・ヨリー,G,2001–)
・Martijn Spierenburg(マーティン・スピーレンブルグ,Key,2001–)
・Mike Coolen(Ds,2011–)
・Stefan Helleblad(G,2011–)
Within Temptation – And We Run ft. Xzibit
Floor Jansen(フロール・ヤンセン、1981年2月21日-)はオランダ、
ホールレ出身のヴォーカリスト、シンガーソングライター、
ヴォーカルコーチ。
2009年まで活動していたAfter Forever(アフター・フォーエヴァー)
のヴォーカリスト。現在はNightwish(ナイトウィッシュ)とReVamp
(リバンプ)のヴォーカルとして活動している。
After Forever
After Forever(アフター・フォーエヴァー)は、オランダの
シンフォニックメタルバンド。
アポカリプスの名の下、マーク・ヤンセン(G,Vo)、
サンダー・ホマンズ(G)、ヨープ・ベッカーズ (Ds)、
ジャック・デリセン(Key)のラインアップで
1995年、アフター・フォーエヴァーを結成。
1996年にリュック・ファン・ヘルヴェン(B)、1997年に
フロール・ヤンセンが加入。当初はデス・メタルを演奏して
いたが、フロール・ヤンセンの加入を機にゴシック・メタルへと
音楽性が変わる。
1999年に平均年齢19歳という若さでトランスミッション・レコードと
契約をし、2000年にアルバム『Prison Of Desire』でデビュー。
しかし、バンドの中心人物だったマーク・ヤンセンが2002年に脱退し、
エピカを結成する。
アフター・フォーエヴァーはそれまでの音楽性を転換し、コンセプト・
アルバム『Invisible Circles』を2004年に発表した。
アルバム『Remagine』(2005年)発表後、トランスミッション・
レコードとの関係がこじれ、コンピレーション・アルバム『Mea Culpa』
(2006年)のリリースを最後に契約を解消した。なおこのレーベルは、
その後倒産している。
ニュークリア・ブラストと契約したバンドは、2006年末に心機一転
バンド名を冠したアルバム『After Forever』を発表した。
2009年2月5日、解散することを明らかにした。
After Forever – Energize Me
Tarja Turunen
Tarja Turunen(ターヤ・トゥルネン、本名:
Tarja Soile Susanna Turunen-Cabuli、1977年8月17日-)は、
フィンランド、キテー出身のシンガー。元Nightwish
(ナイトウィッシュ)のリード・ヴォーカリスト。
声域はソプラノ。
18歳の時よりシベリウス音楽院とカールスルーエ音楽大学で
声楽を学ぶ。
3オクターブの声域を持ち、古典的でオペラティックなヴォーカルを
得意とする。
2007年には、ニュークリア・ブラスト設立20周年を記念して結成
されたプロジェクト、『Nuclear Blast Allstars:Into the Light』
に参加した。
ナイトウィッシュはフィンランドのシンフォニックメタル・バンド。
1996年にキテーでTuomas Holopainen(ツォーマス・ホロパイネン、
Key)を中心に、シベリウス音楽院の共通の音楽教師Plamen Dimov
を持つ学友Emppu Vuorinen(エンプ・ヴオリネン、G)、ターヤ・
トゥルネン(Vo)により結成された。彼らはデモを制作し、最初の曲
『Nightwish』からとってバンド名とした。曲も『The Forever Moments』、
『Etiäinen』の初期のバージョンを含むセルフタイトルのデモを
レコーディングした。
1997年にJukka Nevalainen(ユッカ・ネヴァライネン、Ds)が加入。
アコースティックギターをエレキギターに変え、ヘヴィメタルの要素
を取り入れた実験的なスタイルはバンドに新たなる音を与えた。
バンドは2ndデモの7曲をレコーディングするためにスタジオ入り
する。レーベルSpinefarm Recordsと契約しデビュー・アルバム
『Angels Fall First』をリリースする。アルバムはフィンランドの
アルバム・チャートで第31位に達した。
1997年11月にシングル『The Carpenter』がリリースされ、フィンランド
のシングルチャートで最高位3位に達した。
1997年と1998年の冬の間、ターヤ・トゥルネンは学校教育を終える
ため、ユッカ・ネヴァライネンとツォーマス・ホロパイネンは
フィンランドで義務づけられている兵役に服すためとあって、
その間ライブなどの活動がわずか7回だけとなった。
同年Sami Vänskä(サミ・ヴェンスケ、B)が加入。1998年8月
2ndアルバム『Oceanborn』をリリース。アルバムはフィンランドの
アルバム・チャートの第5位に達し、アルバムからのシングル
『Sacrament of Wilderness』はフィンランドのシングルチャートの
第1位を獲得した。このアルバムは1999年8月にフィンランドで
ゴールド認定され、これによりバンドはひとまず成功をおさめる。
2000年、3rdアルバム『Wishmaster』をリリース。アルバムは
ヨーロッパでは2000年5月にDrakkar Entertainmentよりリリース、
アメリカでは2001年2月にCentury Mediaによりリリースされた。
アルバムはフィンランドのアルバムチャート第1位に達し、
フィンランドでゴールド認定された。
2001年には、ゲイリー·ムーアのカヴァー『Over the Hills and Far
Away』を含む4トラックの『Over the Hills and Far Away(EP)』
をリリース。2001年のフィンランドのシングルチャートで第1位に
達した。
しかし、Nightwishはバンドとしてひとつの至難を迎える。
ホロパイネンによると、ベーシスト、サミ・ヴェンスケのバンドに
対する関心が弱まり、バンド活動に影響が生じるようになる。
それを中心として、ターヤ・トゥルネンは、他のミュージシャンとの
コミュニケーションを取ろうとせず、バンドで費やす時間も次第に
少なくなっているなどの問題が起きた。ヴェンスケとも彼の行動に
ついて何度か議論したが何の変化も得られず、誰もが思いやりを
失くし、バンド内の緊張が増した。
一方、ギタリストのエンプ・ヴオリネンは、バンドでの彼の役割に
ついて不満を言い始めていた。
彼らの音楽の先生、Plamen Dimovは「ホロパイネンと彼とは性格が
全く異り、そしてこのような困難が生じることは予測されていた。
ここは「歯を食いしばり」冷静に対処すること」というだけに
とどまった。だが、その後問題が解決されることはなかった。
積み重なった多くの問題を抱え、ホロパイネンは真剣にバンドを
解散することを考え始め、ミュージシャン仲間であるTony Kakko
(トニー・カッコ、ソナタ·アークティカ)に相談した。
だが、トニー・カッコとの秋のラップランドでのハイキング旅行中、
彼らはバンドの話をして、ホロパイネンは自分が簡単にナイト
ウィッシュをあきらめられなかったことを再認識する。
彼はナイトウィッシュを続行するためには、いくつかの変更が
必要であるという結論に達し、彼らの新しいマネージャーとして
Spinefarm RecordsのCEOであるEwo Pohjola(エヴォ・ポホヨラ)
を推薦し、彼からの承諾の電話を受けた。また、ヴェンスケ
解任後の後任として、Sinergyとしてナイトウィッシュのツアーに
参加した際意気投合し、数多くのバンドにゲスト・ミュージシャン
として参加していたMarco Hietala(マルコ・ヒエタラ、Tarot、
EX-Sinergy)をバンドに誘う。そして2002年の4thアルバム
『Century Child』よりマルコ・ヒエタラが正式メンバーとして加入
する。
2002年5月に4thアルバム『Century Child』と同時にシングル
『Ever Dream』をリリース。7月には『Bless the Child』が
リリースされた。
これまでのターヤ・トゥルネンのヴォーカルに、マルコ・ヒエタラの
ヴォーカルも加わった第一作目のアルバムとなる。
前のアルバムとの主だった違いは、テーマも前作に比べダークな
ものとなっており、フィンランドのオーケストラを使用したところで
ある。収録曲の『Ever Dream』、『Bless the Child』など人気の曲も
あるが、ファンに長く支持されている人気の曲はなんといっても、
作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーによる有名なミュージカル
『The Phantom of the Opera』のバンドのバージョンであろう。
アルバムはフィンランドでリリース後2時間でゴールド認定され、
その2週間後には6万枚以上の売上を記録し、ダブルプラチナ認定
された。
2004年5thアルバム『Once』をリリース。シングルリリースされた
『Nemo』は、フィンランドとハンガリーでシングルチャートの1位を
獲得、さらに6カ国でトップ10に達した。
『Nemo』はこれまでのバンドの最も成功したシングルとなった。
『Century Child』の時と異なり、今回はフィンランドの外で
オーケストラを探すことにした。バンドはロンドン・フィルハーモニー
管弦楽団を選び、アルバムの11曲のうち9曲がフルオーケストラ
による収録となっている。このアルバムはフィンランドでトリプル・
プラチナ認定され、アルバム・セールスは100万枚以上を記録した。
バンドは130ステージ以上のコンサートで構成されるワールド・ツアー
を敢行、初めてバンドを見にオーストラリア、コロンビア、ポーランド、
ポルトガル、ギリシャのような場所で多くのファンを獲得した。
約1年半に及ぶツアーは、2005年10月21日、ヘルシンキのハート
ウォール・アリーナで最終日を迎える。
しかし、結婚を機にビジネスやお金の方が事のほか大事になって
しまったターヤ・トゥルネンの傲慢な態度や日頃の振る舞いに対し、
ホロパイネンはDVD『End Of An Era』(2006年リリース。本国
フィンランドでは発売翌日にゴールド・ディスクになった)の収録の
ために2005年10月21日に開催されたヘルシンキのハートウォール・
アリーナでのコンサートライブの後、ホロパイネンと、メンバー4人
が署名した「我々はターヤ・トゥルネンなしでナイトウィッシュを
継続するのが最善であるという結論に達した」という内容の公開
書簡を提示し、ターヤ·トゥルネンを解雇する。
バンドはターヤ·トゥルネンに替わる女性リードシンガーを探すため
オーディションを行う。そしてスウェーデン出身で35歳のAlyson
Avenueの元リードシンガー、Anette Olzon(アネット・オルゾン)が
選ばれた。
2007年5月、1枚目のシングルとして『Eva』が先行リリースされ、
8月に2枚のシングル『Amaranth』がリリースされた。シングルには
フィンランドの長編映画「Lieksa!」のメインテーマ曲『While Your
Lips Are Still Red』がボーナストラックに含まれていた。
シングルはフィンランドにおいて、2日以内で5000枚以上の売上を
記録し、ゴールド・ディスクとなったことが2007年8月24日のナイト
ウィッシュのオフィシャルサイトにて発表された。週間以内にリリース
された後、5th9月、バンドは通算6枚目となるスタジオ·アルバム
『Dark Passion Play』をリリース。
2007年12月、3rdシングル『Erämaan Viimeinen/Last of the Wilds』、
2008年には4thシングル『Bye Bye Beautiful』がリリースされた。
2008年5月には5枚目のシングルとなる『The Islander』がリリース
された。エレクトリック・ギターをアコースティックギターに
替え、フォーク・ミュージックの影響を受けた楽曲となっており、
マルコ・ヒエタラのヴォーカルに、アネット・オルゾンと
ツォーマス・ホロパイネンが曲全体のバッキング·ヴォーカルを
つとめた。ミュージック・ビデオは、ゲストミュージシャンに
Troy Donockley(トロイ・ドノクリー、イリアン・パイプス奏者)を
迎え、フィンランドのラップランド、ロバニエミで2007年10月に
撮影された。
『Dark Passion Play』は2008年2月、フィンランドで12万枚以上を
売上げ、クワドルプル・プラチナ認定された。アルバムはナイト
ウィッシュの最も成功したアルバムとなり、世界中で200万枚
以上を販売している。
2012年、7thアルバム『Imaginaerum』をリリース。アルバムからは
2011年11月9日リリースの『Storytime』と、2012年3月2日リリースの
『The Crow, The Owl And The Dove』の2枚のシングルがリリース
された。
2011年11月18日、Nightwish.comで『Storytime』はリリース後1週間
でフィンランドのシングル・チャートでトップになったと発表された。
『The Crow, The Owl And The Dove』もフィンランドのシングル・
チャートで1位を獲得した。アルバムはリリース直後、フィンランドで
50,000枚以上の売上げを記録した。アネット・オルゾンが参加した
アルバムではこれが最後の作品となった。
2012年10月1日、ツアー中にアネット・オルゾンの脱退が発表された。
脱退の理由は、音楽性の違いによるメンバー間との軋轢が修復
不可能であると判断したためであった。
ツアーの代役には、元アフター・フォーエヴァーのヴォーカリスト、
Floor Jansen(フロール・ヤンセン)が参加することになった。
2013年10月9日、それまでサポートメンバーとしてツアーに参加して
いたフロール・ヤンセンが正式にヴォーカリストとして加入することが
発表された。これに合わせて、『The Islander』にゲストとして参加し、
2007年よりセッションメンバーとして参加していたトロイ・ドノクリーの
加入も発表された。
2014年8月6日、バンドは創立メンバーでありドラマーのユッカ・
ネヴァライネンが不眠症が原因により、次のアルバムに不参加で
あるとの発表がされた。代理としてKai Hahto(カイ·ハフト、
Wintersun)がアルバムとツアーに参加することとなる。
2015年、8thアルバム『Endless Forms Most Beautiful』を
リリースした。
Nightwish – Nemo